2011年10月16日
看取り講演会報告
きのうの土曜日は、傘なしの外出がためらわれましたが、
きょう16日の宮崎市は、とてもお天気が良くて、
絶好の運動会日和でしたネ
楽しい日曜日を過ごされたファミリーも
多かったことでしょう
私は、午前中は、たっぷりと
洗濯や片付けなどいたしまして
午後から、花山手にございます
「宮崎市民文化ホール」へ走りました~
平成23年度
宮崎キュアケアネットワーク市民フォーラム
だれでもどこでも安心して最期を迎えられるために
~看取りを伴う地域医療ネットワーク作り~
公益財団法人
在宅医療助成 勇美記念財団 助成事業
と題された講演会で、専門家の諸先生方から、
感動的なお話の数々を拝聴させていただきまして、
とてもとても勉強になりました。
◎ 第1部 基調講演:
「地域における看取りのあり方」
長野県の「佐久総合病院 地域ケア科 医長」
でいらっしゃる、北澤彰浩先生のご講演では、
「佐久総合病院」を昭和19年にお創りになられた、
故 若月俊一先生の開院当時のエピソードや
理念、医療哲学などのお話をうかがいまして、
とても感銘を受けました。
↓ 「佐久総合病院」様のホームページです
http://www.sakuhp.or.jp/ja/index.html
「予防は治療に勝る」、
「農民とともに」、
「医療の民主化、医療の主役は市民」
などなど、
昭和20年代頃としては、画期的な
考え方と実践力を発揮された素晴らしい
お医者様だったそうです。
地元の農民の皆さんが、病気や怪我が悪くなって
しまう前に、ためらわずに早目に適切な医療を
受けてもらえるように、創始者、若月先生は、
「演説せずに劇をやれ」という理念を提唱され、
ドクターによる演劇(娯楽)や劇中歌を
披露したりされて、
文化活動、啓蒙活動にも尽力されたそうです。
地元の地域のみなさん方に、
正しい医療や公衆衛生等への知識や理解を
深めてもらうために活動されたというお話でした。
その若月先生の医療哲学や理念や文化活動等は、
現在でも脈々と継承されているそうです。
本当に素晴らしいなぁと感動しました~
また、『看取り』に関します、北澤先生のご講演で、
印象に残りましたお話を少しだけ
ご紹介したいと思います。
「一般的に、“死”と言いますと、
暗いとか、怖いとか、良くないイメージを
持たれている方が多いと思います。
しかし、人の死亡率は100%です。
生まれてきた人で
死なない人は一人もおりません。
誰でも、必ず、死にます。
ですから、私は、
“死”を『敗北』だとは思いません。
“死”は、だれにでも当たり前に起こる
自然なことであり、
『その人の人生の集大成』だと思うのです。
すなわち、
より良い“死”を迎えるためには、
より良く“生きる”ことが大切だと思います。
『いかに生きていくか?』が、
その人の『死の迎え方(看取り)』に
つながっていくのだと思っています。
そうして、“医療”とは、患者さんに
『寄り添い支える』行為であり、
最期までその人らしい人生が送れるように
サポートすることだと思います…」
という内容のお話を、分かりやすいお言葉で、
熱く語ってくださいました。
本当に、その通りだなぁと、
私もしみじみ思いました。
元気な日、忙しさに追いかけられている時は、
すっかり忘れてしまいがちですが…。
家族やペットや、親しかった友人、知人を
亡くした時に、わたしたちは“死”を思い出す
のかも知れませんね。
自分の命にも、限りがあるのだ。
だからこそ、
今日一日、今この一瞬を、
精一杯、大事に生きていこう。
あらためて、そう思いました。
せっかく生まれてきたのですから。
それも、大勢の生き物の中でも、
『人』に生まれてきたのですものね。
生きている間に、自分らしい何かを
成し遂げたいものですね。
◎ 第2部 パネルディスカッション:
「多様な場所における見取りの実際」
宮崎で活躍されておられるドクター、
ナース、施設等で“看取り”を経験されて
おられる諸先生方の、体験談の発表でした。
私事で恐縮ですが、父の最期“看取り”時に、
大変お世話になりました、訪問看護師の方も
パネル発表されておられ、感動いたしました。
当時は、本当に良くしていただきました。
今でも、心から感謝しております。
“看取り”は、死んでゆく本人も、
それを見送る家族も、とても辛く、
大変な出来事ですよね。
その“看取り”を職業上、
何度も経験しながらお仕事をされる
皆様は、本当に大変なご苦労があるだろうと
思いました。
今後は、
お一人暮らしの高齢者の方や、認知症の方の
“看取り”をどのようにしていったら、
その方にとって、少しでも幸せ“看取り”と
できるのか、ということが、問題になってくるであろう、
というお話もございました。
これから、超高齢化社会になってまいります。
ひとごとではない、自分自身のこととして、
一人一人が真剣に、
これらのことを考えていく必要があると、
私も思いました。
☆ 最後に、
きょうの3時間に渡りました、
たくさんの“看取り”実例のお話の中で、
とても心が温かくなったエピソードを
少し記します。
・口から何も食べられなくなった患者さんに、
大好きだったリンゴをむいて、その香りを
嗅いでいただいた。
・楽器を演奏するご家族がいらっしゃって、
静かな美しいメロディーを聴きながら、
あの世へ旅立たれた。
・お風呂が好きだった方が、介助者の手で
お風呂に入り、気持ちの良い湯船の中で
昇天された。
・ユーミンの歌が大好きだった患者さんの
家族が、ずっとユーミンの音楽をかけながら、
歌ったりしている中で、旅立っていかれた。
・スナックを経営されておられた患者さんに、
少しでも元気だった当時のお店の雰囲気を
味わってもらって、リラックスしてもらおう
との配慮で、病室にお店で使っていたグッズを
飾ったり、テーブルの上にお酒のボトルを
並べたりして、お店の中にいるような気分で
旅立ってもらおうと演出をした。
ご家族のある方も、そうではない方も、
最期を迎えたその時には、
どうしても、ドクターやナースや、ヘルパーさん、
施設のみなさんなどなど、
いろいろな職種のみなさんの力を
借りることになると思います。
その時は、家族だけではなくて、
その場に関わる専門職のみなさん方も、
「旅立っていこうとしておられる患者さんの
『家族』なのだ、そういう自覚に基づいて
“看取り”をおこなっていきたい」
というお話には、とても勇気付けられました。
↓ 「宮崎キュアケアネットワーク」様の
ホームページです
http://www.mcc-net.org/home
きょう16日の宮崎市は、とてもお天気が良くて、
絶好の運動会日和でしたネ
楽しい日曜日を過ごされたファミリーも
多かったことでしょう
私は、午前中は、たっぷりと
洗濯や片付けなどいたしまして
午後から、花山手にございます
「宮崎市民文化ホール」へ走りました~
平成23年度
宮崎キュアケアネットワーク市民フォーラム
だれでもどこでも安心して最期を迎えられるために
~看取りを伴う地域医療ネットワーク作り~
公益財団法人
在宅医療助成 勇美記念財団 助成事業
と題された講演会で、専門家の諸先生方から、
感動的なお話の数々を拝聴させていただきまして、
とてもとても勉強になりました。
◎ 第1部 基調講演:
「地域における看取りのあり方」
長野県の「佐久総合病院 地域ケア科 医長」
でいらっしゃる、北澤彰浩先生のご講演では、
「佐久総合病院」を昭和19年にお創りになられた、
故 若月俊一先生の開院当時のエピソードや
理念、医療哲学などのお話をうかがいまして、
とても感銘を受けました。
↓ 「佐久総合病院」様のホームページです
http://www.sakuhp.or.jp/ja/index.html
「予防は治療に勝る」、
「農民とともに」、
「医療の民主化、医療の主役は市民」
などなど、
昭和20年代頃としては、画期的な
考え方と実践力を発揮された素晴らしい
お医者様だったそうです。
地元の農民の皆さんが、病気や怪我が悪くなって
しまう前に、ためらわずに早目に適切な医療を
受けてもらえるように、創始者、若月先生は、
「演説せずに劇をやれ」という理念を提唱され、
ドクターによる演劇(娯楽)や劇中歌を
披露したりされて、
文化活動、啓蒙活動にも尽力されたそうです。
地元の地域のみなさん方に、
正しい医療や公衆衛生等への知識や理解を
深めてもらうために活動されたというお話でした。
その若月先生の医療哲学や理念や文化活動等は、
現在でも脈々と継承されているそうです。
本当に素晴らしいなぁと感動しました~
また、『看取り』に関します、北澤先生のご講演で、
印象に残りましたお話を少しだけ
ご紹介したいと思います。
「一般的に、“死”と言いますと、
暗いとか、怖いとか、良くないイメージを
持たれている方が多いと思います。
しかし、人の死亡率は100%です。
生まれてきた人で
死なない人は一人もおりません。
誰でも、必ず、死にます。
ですから、私は、
“死”を『敗北』だとは思いません。
“死”は、だれにでも当たり前に起こる
自然なことであり、
『その人の人生の集大成』だと思うのです。
すなわち、
より良い“死”を迎えるためには、
より良く“生きる”ことが大切だと思います。
『いかに生きていくか?』が、
その人の『死の迎え方(看取り)』に
つながっていくのだと思っています。
そうして、“医療”とは、患者さんに
『寄り添い支える』行為であり、
最期までその人らしい人生が送れるように
サポートすることだと思います…」
という内容のお話を、分かりやすいお言葉で、
熱く語ってくださいました。
本当に、その通りだなぁと、
私もしみじみ思いました。
元気な日、忙しさに追いかけられている時は、
すっかり忘れてしまいがちですが…。
家族やペットや、親しかった友人、知人を
亡くした時に、わたしたちは“死”を思い出す
のかも知れませんね。
自分の命にも、限りがあるのだ。
だからこそ、
今日一日、今この一瞬を、
精一杯、大事に生きていこう。
あらためて、そう思いました。
せっかく生まれてきたのですから。
それも、大勢の生き物の中でも、
『人』に生まれてきたのですものね。
生きている間に、自分らしい何かを
成し遂げたいものですね。
◎ 第2部 パネルディスカッション:
「多様な場所における見取りの実際」
宮崎で活躍されておられるドクター、
ナース、施設等で“看取り”を経験されて
おられる諸先生方の、体験談の発表でした。
私事で恐縮ですが、父の最期“看取り”時に、
大変お世話になりました、訪問看護師の方も
パネル発表されておられ、感動いたしました。
当時は、本当に良くしていただきました。
今でも、心から感謝しております。
“看取り”は、死んでゆく本人も、
それを見送る家族も、とても辛く、
大変な出来事ですよね。
その“看取り”を職業上、
何度も経験しながらお仕事をされる
皆様は、本当に大変なご苦労があるだろうと
思いました。
今後は、
お一人暮らしの高齢者の方や、認知症の方の
“看取り”をどのようにしていったら、
その方にとって、少しでも幸せ“看取り”と
できるのか、ということが、問題になってくるであろう、
というお話もございました。
これから、超高齢化社会になってまいります。
ひとごとではない、自分自身のこととして、
一人一人が真剣に、
これらのことを考えていく必要があると、
私も思いました。
☆ 最後に、
きょうの3時間に渡りました、
たくさんの“看取り”実例のお話の中で、
とても心が温かくなったエピソードを
少し記します。
・口から何も食べられなくなった患者さんに、
大好きだったリンゴをむいて、その香りを
嗅いでいただいた。
・楽器を演奏するご家族がいらっしゃって、
静かな美しいメロディーを聴きながら、
あの世へ旅立たれた。
・お風呂が好きだった方が、介助者の手で
お風呂に入り、気持ちの良い湯船の中で
昇天された。
・ユーミンの歌が大好きだった患者さんの
家族が、ずっとユーミンの音楽をかけながら、
歌ったりしている中で、旅立っていかれた。
・スナックを経営されておられた患者さんに、
少しでも元気だった当時のお店の雰囲気を
味わってもらって、リラックスしてもらおう
との配慮で、病室にお店で使っていたグッズを
飾ったり、テーブルの上にお酒のボトルを
並べたりして、お店の中にいるような気分で
旅立ってもらおうと演出をした。
ご家族のある方も、そうではない方も、
最期を迎えたその時には、
どうしても、ドクターやナースや、ヘルパーさん、
施設のみなさんなどなど、
いろいろな職種のみなさんの力を
借りることになると思います。
その時は、家族だけではなくて、
その場に関わる専門職のみなさん方も、
「旅立っていこうとしておられる患者さんの
『家族』なのだ、そういう自覚に基づいて
“看取り”をおこなっていきたい」
というお話には、とても勇気付けられました。
↓ 「宮崎キュアケアネットワーク」様の
ホームページです
http://www.mcc-net.org/home
Posted by noapitt at 22:01│Comments(0)
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